ハヤシライスは不思議な食べ物だ。なぜか懐かしい味がする。
カレーのほうが子どもの頃によく食べていたはずなのに、ハヤシライスのほうが懐かしく感じるから不思議だ。牛肉と玉ねぎの甘みとほのかな酸味のバランスに、郷愁をそそる要素があるらしい。
ハヤシライスという名の由来には諸説あり、「ハッシュドビーフがなまった」という説もあれば「ハヤシさんが考案した」という説もある。もっとも、語源説など一部の好事家に任せておけばいい。大事なのは味と、ハヤシライスが私たちにくれる甘酸っぱい体験だ。
メイフェアのお客さんによると、毎週日曜限定のハヤシライスを口に入れた瞬間、「スプーンを落としそうになった」人や、食べながら「何度か意識が飛んだ」人がいるらしい。ブログのコメントにそう書いてあった。
「さすがにそれはちょっとばかり大袈裟だろう」と、私もさっそく試食を所望したところ、「お客様の分がなくなるので、先生は半分だけ」と、こぢんまりした盛りで出してくれた。
「食べ物で意識が飛ぶものか」とタカをくくって食べ始めたところ――気づいたら終わっていた。DVDを観ていて、チャプターを飛ばしたかのよう。食べ始めて、次に意識したのは、空っぽの皿とスプーン。
ああ、たしかにね、これはね、飛ぶねえ、意識。
動揺して言葉遣いが少々乱れてしまったが、お客さんのコメントは正しかった。ハヤシライスを食べながら、ハヤシライスのことを考えていられない。玄米で食べるハヤシライスがこんなにノスタルジックな時間を生み出してくれるとは……。
久しぶりに、ドキドキした。
このハヤシライスは日曜日限定か。今度の日曜日は、何日だろう。ちゃんとお客さんとして行くので、次回は全量ください。
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