テノール齋藤です。メイフェアを外から見た視点でエッセイを書かせてもらうことになりました。
たしかにそれは得意とするところ。なぜなら、いつもお客さんの気分でメイフェアを訪れているから。
メイフェアを表す最適なキーワードは「きもちいい」。何がどうきもちいいのか。それを順に取り上げて書いていきたい。
今回は、紅茶。メイフェアで紅茶を飲む体験は、快楽体験だ。英国貴族に似合うダージリン紅茶を、浅く開いたピオニー型のウェッジウッドで味わう。
ウェッジウッドのティーカップが女性に好まれるのは、縁が薄く、唇に当たった感触がしっくりくるせいらしい。また、口の開いたピオニー型だからこそ、繊細な香りが立ってくる。
上質な快楽にとって、刺激は繊細でなければならない。強烈な刺激は鼻につき、もてあます。繊細な刺激をこちらから積極的に探すからこそ、感覚が鋭敏に研ぎ澄まされる。
嗅覚の感度が高まると、味覚も敏感になる。紅茶のカテキンに舌の味蕾が洗い流される効果も見逃せない。飲めば飲むほど味覚が鈍るアルコールとは対照的だ。
紅茶は、飲めば飲むほど感度が高まる、官能的な飲み物なのだ。
メイフェアを訪れたら、まずは「オススメの紅茶」を飲みたい。メイフェアでは、日によって異なる農園のダージリン紅茶を勧めてくれる。お気に入りの茶園を選ぶのもいいが、あえて勧めに乗って、いつもと違う非日常体験を味わうのもメイフェアの醍醐味。季節の新茶が出ていたら、それを頼むのもワクワクする。
メイフェアで紅茶の快楽に溺れたいなら、ぜひ次のような作法に則ってみてほしい。様式の作法ではない。もっとハイレベルな「意識の作法」だ。
紅茶の香りは、かげばかぐほど、はっきりとわかるようになる。最初にかぎ取った香りを、次はもっとはっきりと感じ取れる。その次はもっとはっきりと。そのようにイメージしながらかいでみてほしい。
嗅覚は順応性が高く、ふつうにかいでいたら香りはどんどん弱まってしまう。ただ漫然とかぐのではなく、いったん捕まえた香りの捕まえ方に習熟する感覚で、どんどん上手になろう。
こうしていると、ティーカップに注がれた紅茶の香りをかいでいるだけで、紅茶の世界に足を踏み入れ、うっとりとしてくる。メイフェアトランスの始まりだ。
メイフェアは、この「メイフェアトランス」が起こりやすいようにすべてがしつらえてあると聞いた。だからここでは簡単に気持ちよくなれるのだろう。
上級者になると、色からも紅茶の世界に入り込める。琥珀色と呼ぶにふさわしいダージリンティーの水色。夕焼けの色と表現した人もいる。この色をじっと見つめていると、どこかの瞬間でフッと意識が飛ぶ。タイムマシンに乗ったかのように、記憶の世界に引き込まれる。本当にあった出来事なのか、想像が作り上げた記憶なのか、境界がほとんどあいまい。
紅茶の色と香りだけで、意識は現実から切り離され、うっとりとした愉悦の世界に遊ぶ。飲食物といえば味覚が主役のはずなのに、飲む前からすでにこれだ。メイフェア恐るべし。
紅茶を実際に口に運び、飲み込むときの悦楽は、また別だ。目を開けていられない。液体の温度、香り、味のすべてが理想のバランスを保って体内に入ってくるのが紅茶なのだ。目など開けていられるわけがない。
こんなふうに紅茶の快楽をむさぼっている姿を人に見られるのは恥ずかしい気もするが、メイフェアでは誰でもそうしているのだから、恥ずかしがらずに没頭してほしい。そうするための場所なのだから。
夏の夕方、店の外から聞こえてくるアブラゼミの声を聞きながら、意識が半ば朦朧とした時間を過ごしていると、いつまでもこうしていたくなる。帰りたくなくなる。
それにしても、きもちいい。このきもちいい感覚は独特だ。メイフェアの紅茶は、まさに快楽。悦びの体験である。
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